※軽い猟奇的表現を含みます





 アリスという余所者の少女は、結局こちらの世界に残るという選択肢を選んでしまったらしい。
 ペーターさんに気に入られた時点で何とも気の毒な少女だとは思っていたが、自らこちらに残ると決めたと聞いて、いやはや流石ペーターさんのお眼鏡にかかったと言うべきか、物好きな少女である。
 いや、(精神的な距離で)常に自分と付かず離れずの位置に居て、決断を迫られれば貴方の為に残ったの、と言い張ることの方が余程物好きだ。こんな狂った世界、狂った時間、狂った役者達の中で、たったひとり、自分を選ぶなど物好き過ぎて理解に苦しむ。

「君にそういう趣味があるとは意外だったなあ」
「趣味というか、貴方は私を最初から歓迎していたわけではないでしょう?」

 だからかしら、とアリスは焚火の前で身体を丸めて答える。

「私はね、現実主義者なの。初対面で無償の愛を注がれるなんて怖気が走るわ」

 確かに当初、自分は彼女を嫌っていたように思う。
 不変を望む(そして不変を望むあまり役持ちからの脱却という変化を望む)自分にとって、イレギュラーな存在は忌避すべきものだった。余所者などイレギュラーの塊などでしかなく、そしてペーターさんが傾倒しているのも気に入らなかった。(これは後になって発覚したが、この時から自分は白兎に嫉妬していたのである。何と壮大な自己矛盾か)
 だが少女の根底を垣間見るたび、あまりの心地よさに目が眩む思いだった。
 少女と自分はよく似ていた。停滞を望み、不変を悦び、だからこその変化を発生させようとして失敗する。そして失敗を受け入れられずに同じことを繰り返そうとする。同族嫌悪など入り込む余地もなく、彼女の根底は自分のように仄暗く沈んでいて心地よかった。
 それに彼女は少女だ。少女は押し並べてか細く、弱い。自分より弱い生き物を見ると安堵し、いとしいものだと思うのは、時計屋のことと言い自分の性癖なのかも知れなかった。

「でも現実主義者だからこそ、この世界に残って、あなたと、一緒に居たいと思ったのよ」

 焚火の揺らぐ火を側面から受けながら、彼女はじっと探るように自分を見上げてくる。

「間違ってもあなたと心中するために残ったのでは、ないの」



 彼女の言葉に自分は「そんな物騒なことはしないよと」笑いながら答えた。答えて、絞め殺しても構わないというぐらいの力で彼女の四肢を拘束した。(言いかえれば、抱き締めた。自分は抱き締めたというような生易しい抱擁ができない身体らしい)
 一つ彼女は勘違いをしている節があるが、自分は彼女を殺したい訳ではない。彼女はこちらの世界に留まるという決断をした時点で自分にとってのイレギュラーではなく、自分の愛すべき『日常』の一部となったからだ。不変に悦びを見出す自分に、日常の一部である彼女は殺せない。
 でも、もし彼女の命が潰えるか、自分の時計が止まろうとすれば、自分は躊躇なく彼女を殺すだろう。自分は彼女に置いて行かれたくないし、彼女は自分に置いて行かれたくない。(だって彼女の眼にはいつも他者の死に対する恐怖が浮かんでいる)
 自分たちが共に最期の瞬間を迎えるなら、二人の根底が変わらぬ限り共に果てるしか方法がない。
 自分は彼女の首を切り落とすかも知れないし、命を支える内臓に剣を突き立てるのかもしれない。抱き締めたまま彼女の身体を剣で貫いて、彼女の肉を貫通し自分の身体に彼女の鮮血が滴るその切先を沈み込めて時計を停止させるのも、恐らく第一発見者となるだろうペーターさんが発狂しそうで面白そうだ。ああ、その顔を見ることができないのが残念でならない。

『間違ってもあなたと心中するために残ったのでは、ないの』

 彼女の声が耳に心地よく残っている。
 そう言った彼女だからこそ、最期はそのように迎えるしかないことを確信していたのだろうと、俺は確信しているのだ。

||| お終いを見据える時間こそ我が人生最高の至福! |||